2008年09月02日

どっちもどっち






タイでは、選挙で選ばれた政府の首相退陣を迫るデモの混乱にも辞めないと言うし、
日本では、安倍ちゃんに続いてまたしても誰にも言われていないのに辞めちゃった。

つくづく日本って言う国は、責任を取らない人種になってきたねぇ。
タイ人も間違いを認めずに、言い訳ばかりして人の責任にしがちだけど、
今の日本政府や官僚や一部の公務員や企業のトップなどに比べれば、可愛いと思えるし、タイ人の良いわけにはある程度の道理が通ってる。

よくある言い訳は、自分がミスをしたのはわたしが悪いのではない。
わたしがミスをすることを予期せずにやらせたあなたが悪い。
という類いのもの。

一見、上司に責任をなすり付けているだけのようだが、
上司たるものは、部下の力量を把握したうえで、ミスをした場合であってもそれを許容できなくてはいけない。という事を言っているのだ。
それに比べると、日本で日々聞かれているトップ連中の言い訳がましい事たるや。



さて、今タイで起きている混乱の大元は一体なんなのか?
Newsclipにわかりやすい解説があったので転載させていただく。

=====================================
〈民主主義のための市民同盟(PAD)〉
 タクシン元首相に私怨を持つとされる実業家のソンティ氏が2005年に設立。タクシン氏の王室への不敬、汚職疑惑などを追及し、2006年春には数万人規模の街頭デモをバンコクで連続開催、政治機能を麻ひさせ、2006年9月のクーデターを呼び込んだ。2007年末の総選挙でタクシン派のサマック政権が発足すると活動を再開。バンコクの首相府やプーケットなどの地方空港を占拠し、政府に退陣を迫っている。
 PADの背後には、タクシン政権時代に利権を失った旧権力層や財閥がいるとみられる。「民主主義のため」と名乗るものの、今後の政体として、下院議員の 7割を任命制、3割を公選制にするよう提案するなど、その主張は、プレム政権時代(1980―1988年)の「半分の民主主義」システムに近い。プレム氏 (元陸軍司令官)は首相退任後、タイ国王側近の枢密院議長となり、タクシン派に2006年クーデターの黒幕と目されている。PAD指導者の1人のジャムロン元バンコク都知事はプレム政権時代に首相秘書を務めた。PADが今回、バンコクの首相府や国営テレビ局を襲撃・占拠したのは、プレム氏の88歳の誕生日に当たる8月26日だった。
(元記事:http://www.newsclip.be/news/2008901_020288.html
======================================

さらにここ数日、タクシン擁護派と言われる反独裁民主主義同盟なる団体がPADの占拠を続ける首相府を取り囲み始めたりと、首相、PAD、軍と併せて益々事態がややこしくなって来ている。
今のところ、軍は中立を守っているが最終的には軍がどっちかに付くか、1992年のように国王自身が仲裁に入らない限り可決しないのかもしれない。


なお、日本の外務省も注意喚起を出しています。
http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info.asp?num=2008C299

が、タイ行きを予定している方はデモが行われている周辺に近寄らない限り、危険はあまりないと思います。
わたしの経験から、争乱の地区以外は極めて平穏なはずです。
もちろん、情勢は変わるので常に新しい情報に注意して、特に南部や政府系建物の近くでは用心して下さい。

posted by そむちゃい at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | タイの出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/105880969
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック